自己紹介と愛車遍歴:6

その当時、時代はレプリカからネイキッドへ。友人TはCB-1カッケー!って言いつつもちょっと昔のRZを手に入れて直しながら乗っていた。なんで古いバイクに戻るのか、その当時の俺は理解できなかった。

友人のはこんなやつ。


CB-1が発表された当時(89年くらい?)は衝撃的だった。このプロトタイプの色が好き。


で、つよTが次期バイクを模索していた時はちょうどこれが出た時だ。


ホンダ・CB400 Super Four。言わずと知れたロングセラーモデル。THE教習車。ゼファーばかりの400cc界隈を後出しのトヨタみたいに全部かっさらっていったスーフォア。この黄色、欲しくなかったかといえば嘘になる。しかし、つよTが選んだのは別のバイクだ。一緒に北海道に行った友人Kは「つよTはスーフォアにすると思ってたけどあえてこういうの選ぶんだねぇ」とまで言わしめたモデルとは・・・。

スズキ GS400E(GK54a)!なんでそっちに行く!?(笑)

いや、これにもちゃんとした理由があるのだ。話はまた「U-Bike!」の「THE ONE」に戻るのだが、一般のバイク乗りが大抵Z2かカタナを好きになるように(概ね偏見)、自分もその当時Z2に恋していた。なぜかと言うと世話になっていたバイク屋が整備後の納車でどうしても手が足りないからと中免ライダーの俺にZ2乗ってけ、と言ったのだ。そのガゴンガゴン言う物々しいエンジン。鉄の塊といったいかにも単車風情の出で立ち。「これこそがバイクだよな!」と洗脳されるに十分な出来事だった。

で、自分のことを考えると俺は中免。Z2には乗れない。400か・・・でも何時ぞやのホンダじゃないけど400まではツインで十分!という思想の持ち主になっていたのだ。だって排気量小さいのに4個もシリンダー付いてたらトルクが薄くなるじゃん。ゼファーもあるけど友人乗ってるし。で、THE ONEに出ていたバイク、それは1978年当時のスズキ・GS400E。


何とも言えず、Z2よりもZ2らしい柔らかなフォルム。テールカウルなんてもう・・・。これいいなぁ、欲しいなぁとずっと考えていた。しかし先般のCB350Fourではないけれど学生の身分で旧車は怖い。乗れない。そこでですよ。クランクケースはこの古いGSと一緒だよと言われていたGK54aが俺の中の候補の筆頭に上がってきたのだ。

400ccでツインだし。空冷だし!ということで、一時買おうとしていたVTZみたいだし。何よりこのバイクが信用できるのはヨーロッパ、特にドイツで売れているという。質実剛健を好む(これも偏見)ドイツ人に売れているのであれば間違いはない!こう確信してハンコを押したのだ。

このバイクも良かった。エンジンは1馬力1万円計算の39馬力。なので39万円だったのね、このバイク。安いよね〜。パラレルツインの優しい吹け上がり。街乗り通学ツーリングとその優しさに包まれながら走ることが出来た。

ただ、難点が。どうやら俺は180度クランク角のパラツインのエンジン特性は眠くなるらしい。バイクのタンクの上に突っ伏して走りながら一瞬寝たこともあった(怖)。まぁ、その当時はとても忙しく過ごしていて睡眠不足なだけかもしれないけれど。


そんなこんなで、萩に行った卒論ツーリングやその他ちょいちょいこのバイクでも走った。大学生時代から社会人、そして一人暮らしを平塚でするのだが神奈川までこのバイクを使っていた。26、7歳(1997年)くらいまでこいつに乗っていたか?

就職は第一の趣味であるバイク関係にするとバイクが趣味じゃなくなるという点で車業界に身をおいていた。そこでマイカーのNAユーノスロードスターを買ってからはお金をかける趣味がバイクからクルマへ移っていったのだ。

一人暮らしの貧乏生活をしている中で、あまりエンジンをかけることがなくなった車検付きのバイクの存在が重い物になってきて、とうとう2000年を前にして友人にタダで譲ることになる。思えばこのGS、愛称は「GS愛妻号詩子」という名前が付いていたな。買った当時ちょっと好きだった子の名前が付いている。

どーでもいい話だ。

モトグッチV7Ⅲ Stoneとの日々

1970年生まれのおっさんライダーが初の二輪外車で感じたことを綴る。

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